Thomas Edward John Jr

1961年にクリーブランド・インディアンスに入団。
1963年9月6日メジャーデビュー。
1965年にシカゴ・ホワイトソックスへ、1972年にロサンゼルス・ドジャースへ移籍した。
1974年7月17日のエクスポズ戦で、左肘の腱を断裂する大怪我を負う。
当初選手生命はおろか、日常生活にも支障を来しかねないほどの大怪我と診断され、再起は絶望視されたが、この当時ドジャースのチームドクターだったフランク・ジョーブ博士が考案した、損傷した靱帯を切除し他の正常な腱の一部を移植するという手術を受ける。
1976年4月16日のアトランタ・ブレーブス戦でメジャーに復帰。
この年は207イニングを投げ10勝10敗、防御率3.09でカムバック賞、ハッチ賞を受賞した。翌1977年は自己最高の20勝。
FAでニューヨーク・ヤンキースに移籍した1979年からは2年連続20勝以上を記録するなど、手術の影響を微塵も感じさせない快投を見せた。ジョンの復活劇を受けて、ジョーブ博士が考案した腱移植手術は彼にちなんで「トミー・ジョン手術」と呼ばれるようになった。
1982年にカリフォルニア・エンゼルス、1985年にオークランド・アスレチックスへ移籍した後、再びヤンキースへ移籍。
1988年7月27日のミルウォーキー・ブルワーズ戦では、「1つの打球で3失策」を記録している。まず、ピッチャーゴロをはじいて1失策目、さらに一塁に悪送球して2失策目、一塁走者が三塁を回った時点で、右翼手デーブ・ウィンフィールドからの返球を中継したところ、本塁への送球が悪送球となり、走者の生還を許して3失策目となった。
1989年に46歳で引退。1988年・1989年はメジャーリーグ最年長選手だった。通算勝利数288は左投手としては歴代7位の記録であり、手術以降の14年間でその半数以上にあたる164勝を挙げている。

トミー・ジョン手術を受け見事復活した村田兆治

60歳を超えてもなお135km/hを記録

肘が下がり気味のフォームを矯正しないと・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Comments: Leave a Comment

Leave a Reply